手のひらの奇跡



 親父が亡くなって、もうずいぶんたつ。母親はそのもうずっと前からいない。
 天涯孤独の身になったヴェルナーは、代々続く雑貨屋のあとを、ただなんとなく継いだ。長い
間旅に出ていたので、街に知り合いは少なかった。階下の雑貨屋店主のヨーゼフと、酒場のマス
ター、ハインツくらいだ。
 小さい頃から父親につれられて旅をしてまわっていたせいか、一つ所の場所に落ち着いている
のは妙に具合が悪かった。
 得体の知れない店を経営する愛想のないヴェルナーを、街の人はなんとなく謙遜していた。そ
して彼のほうでも、馴れ合いを好まない。
 さっぱりとした日常。
 その中にわだかまる、未知なるものへの郷愁と憧れ。
 ヴェルナーは薄暗い店内でいくつもの夢を浮かべた。まだ両親が生きていたころ……彼の周辺
があたたかかった頃のことも、よく思い浮かべた。または見たこともない不思議なものに遭遇す
る想像。彼の店内にあるものは、彼の空想をかきたてるのにこれ以上はない役割をはたした。窓
の無い店の薄暗さも、店にかすかに香る古い物の匂いも、気に入っていた。
 ここは自分だけの楽園だった。さみしくもなかった。このまま一人でいたいと、よく思ってい
たものだ。

 だが、そんな彼の日常をいつのまにか作り変えてゆく、一人の少女があらわれた。自分の身に
そんなことが起こるなどとはまったく考えていなかった彼は、そのことにびっくりした。うろた
えた。こうだと思っていた自分の知る自分の姿が、どんどん変わってゆく。店の壁の外が気にな
った。今日は晴れているのだろうか?曇っているのだろうか?店内での空想には、しばしば彼女
があらわれた。彼女は彼の頭の上のほうで、いつも笑っている。いろんな場所で、へーベル湖、
日時計の草原、ストルデル滝…走り回っている彼女の姿が見えた。その様子は、彼を光の当たる
場所へ導く女神のようであった。

 実際、彼女に出会って彼は変わった。長い間ぼんやりと考えていたことを真剣に考えるように
なったし、再び冒険者もすることにした。彼女と一緒にシグザール王国中をまわって冒険をする
うちに、夢はどんどん広くなっていった。
 彼女はその手でさまざまな奇跡を起こす。どんな病気でもなおす薬、岩も砕ける爆弾、動く人
形……。人々は彼女を尊敬したが、彼女はいつも普通だった。偉ぶるわけでもなく、いつでもた
だの、ただの一人の女の子だった。誰にでもできることじゃない。でも彼は、彼女の本質を知っ
ていたので、その彼女に、やはり普通に接することができた。少し意地悪な物言いも、きまぐれ
な態度も、いつものように。だから彼女との人間関係は、わずらわしくなかった。そのことが、
彼には彼女の起こす、一番の奇跡に思えたのだ。











勝手気ままなヴェルリリ観ですな。すみません…。
最果てイベントが好きなんですよ。あの哀愁が私のヴェルリリ観の原点かもしれない。(03/11)